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<Pitchfork Sunday Review和訳>Buzzcocks: Singles Going Steady

pitchfork.com

このPitchforkのSunday Reviewは、毎週過去の名盤と言われている作品が選ばれレビューが書かれるというもの。毎週なんとなく読んではいたのですが、Pitchforkの英語って難しくて読むのを途中で諦めたり、わからないままなんとなくザーッと読んでしまうので、今回こうやって精読・和訳することにしました。拙い訳ですがどうぞ。できれば毎週やりたいです。

愛の痛みと喜びを歌にするお手本のようなパンクの古典

Buzzcocksの故・Pete ShellyはかつてNMEに対してこう語った。「曲を作る前には、その曲が時を越えて愛されるものにするようにしているんだ。」1978年という時期を鑑みるに、それは馬鹿げた台詞であった。その前年にSex Pistolsのデビュー作『Never Mind the Bollocks』が発表されパンクは世界的な認識を獲得したとはいえ、その革命の衝撃はすぐさま飼いならされたセルフパロディになりさがり、すでに時代遅れであり失敗したと誰もが思っていた。パンクが出現したやいなや、数多のバンドがパンクのロックンロール的パンチ力からさらに幅広いポスト・パンクサウンドへとなびきはじめていった。元祖パンクムーブメントはまるで破片のみを残して爆発する爆弾のように、儚いものであることに喜びを感じているように見えた。

しかしBuzzcocksは古典的なパンクサウンドからは先んじていた。1978年だけで彼らは『Another Music in a Different Kitchen』『Love Bites』という最初の2枚のスタジオアルバムをリリースした。それらには実験的な刻印がついていたが、それはCanのような息の長いクラウトロックよりもパンクの大黒柱・Ramonesから得たものが大きい。1979年になると、Joy DivisionやThe FallといったBuzzcocksの直接の影響下にいるバンドたちが重要なポスト・パンクの名盤たちを発表し始めていた。The ClashThe JamなどのBuzzcocksと同年代に当たるパンクの始祖たちもそのムーブメントの鋭利さを失うことなくパンクのボキャブラリーを広げていった。Buzzcocksはこのような高遠なるポスト・パンクの声明に対抗した。しかし作品でではなく、謙虚なシングルコレクションという形で。

バンドの最初の8枚のシングルで開幕するこの『Singles Going Steady』は、米国では1979年にリリースされたが、彼らが解散の危機にあったため母国・英国では1981年までリリースされなかった。どちらの国でもチャートインすることはなかったが、この2年のギャップは何かを物語っているようでもある。<パンクの70年代>から<ポスト・パンクの80年代>になり、Buzzcocksの音楽のもつ耐久力が明らかとなった。特に当時は、コンピレーションアルバムというのはそのバンドが持つ(寿命までとは言わないが)重要性の終わりを告げる不思議な能力を持っていた。たった2年のキャリアを経てBuzzcocksがシングル集を出したという事実は、この『Singles Going Steady』を―その陽気な言葉遊びとは裏腹に―勝利宣言というよりは墓石のようなものにしてしまった。おひねりが投げ込まれるような、終わりの予感をさせるような音がした。Shellyは時代を超越した音楽を作りたかったのだろうが、その夢は考えうる中でも最悪の方法で達成されつつあった。

しかし歴史はShellyの作る音楽それ自体には頼らなかった。最初からBuzzcocksはありふれたパンクバンドになるという欲は持ち合わせていなかった。彼らはデビューEP『Spiral Scratch』(同じくパンクからポスト・パンクへの造反者であるHoward Devotoをリードシンガーとする唯一のアルバムである)の冷笑的な呻りから1977年のファーストシングル「Orgasm Addict」へと、すばやくそして大胆な転換を遂げたのだ。曲はShellyとDevotoの共作であるが、Shellyが新しいフロントマンとして歌う。この違いは衝撃だった。Devotoが『Spiral Scratch』で聞かせた冷笑は作り込まれていて誰かのものまねであるように感ぜられたが、そのかわりに「Orgasm Addict」ではShellyの楽しげなしゃっくりのような声が、あどけなく清々しい新しいパンクの音を誇らしげに聞かせてくれる。

Buzzcocksは当時「パンク主義(=punkismo)」と呼ばれていたものに対する解毒剤のようなものだった。4人は新しく、より柔軟なパンク的男性性を目指した。Shellyは自慰行為のとりつかれるような楽しみを褒め称えさえした。事実、Buzzcocksがすぐにそれほど新鮮に感じられたのはShellyがシコることを讃えた思春期の賛美歌を歌っていたからなのである。同じようなわざとらしく悪ぶったパンクだと思ったら、実はそれが弱さを完全に許す歌だったのだから。この曲が伝えるメッセージは言葉にしにくいが決して否定できない。「孤独は時に開放的な性的ネルギーの原動力になる」。Buzzcocksは『Spiral Scratch』を自主制作しパンクのインディペンデント性のパイオニアとなったが、「Orgasm Addict」で歌われているのはまた違う種類の「自主制作」である。

ShellyはPeter McNeishという名で1955年、ランカシャーらしく紡績工場と炭鉱で働く労働階級の両親の息子として生まれた。オタクで自信家の早熟のブルーカラー青年らしく、彼はステージネームをお気に入りのロマン派の詩人、Percy Bysshe Shellyからとることにした。破壊的な70年代英国パンクシーンにおいて、ロマン派は(というよりあらゆる文学は)決してヒップな引用元ではなかった。しかし当時のパンクスはStrummerやRotten、Palmoliveのようにみな直感的・風刺的な芸名を使っていたから、Shellyはそれを教科書の中から見つけ出したのである。その名は彼の柔らかく、確かに鼓動している心臓を後に象徴することとなる。

『Singles Going Steady』を飾るのはパンクの押しの強さとディストーションによって切羽詰まったラブソングたちである。Shellyとメンバーたちは当時まだ僅かな者たちしかやっていないことに気がついていた。AOR的なラブソングが70年代を通してどんどん陳腐になっていく中で、パンクで愛を伝えようと思ったら新しい生々しさ、信憑性が必要だということに。”romance”に欠かせないのは”Ramones”というわけで、彼らの音楽がニューヨーク勢から影響を受けていることは決して偶然ではない。しかしBuzzcocksRamonesが持っていたバイカー的なイメージや通俗的で平凡であることに対する型にはまった恐怖感、心細さに対する日常的な心配といったものを一切取っ払った。「汚らしくはならない。僕たちはただの4人のいい奴らで、君たちの親に会わせる事ができる種類の人間だよ」とShellyは1978年、Melody Maker誌で語っている。『Singles Going Steady』は70年代の馬鹿げたラブソング支配をぐらつかせようという目標でパンクを武装化したわけではない。Ramones的であると同時にWings的であり、Joy Divisionの「Love Will Tear Us Apart」と同じくらいCaptain & Tennilleの「Love Will Keep Us Together」にも共感しているのである。

引力と反発力、献身と裏切り、愛と憎悪の表裏一体、他者と自分といった真逆の方向にはたらく力学―Buzzcocksはラブソングの肝となるその緊張を描くことに長けていた。『Single Going Steady』はラブソング / パンクロックの両領域において、愛らしく、親密で、完璧に作られたearworm(=歌の一部が頭の中で反復して離れない現象のこと)の一級品である。爽快でありながら下品で手に負えない「Orgasm Addict」に続くのは、見せかけではない人間関係を切実に願う「What Do I Get?」である。この曲に比べたら、「Anarchy in the UK」ですら「Hotel California」ほど大仰で過剰に聞こえる。

「皆と同じように恋人がほしいだけなんだ / 何を手に入れる? / ただずっとそばに居てくれる友だちが欲しいだけなんだ / 何を手に入れる?」蝶で満たされた胃袋のように震えるギターの上に、はちみつを垂らすような彼の声は嘆く。「I Don't Mind」「Love You More」「Promises」でもそれは続き、彼の苦悶の宇宙は広がっていく。報われなかった想い、断ち切られた縁、もじもじとした羞恥心、幸せに陶酔する向こう見ずな宣言…Shellyはこれらをすべて、楽しげな旋律そしてThe BeatlesThe Kinksにも匹敵するほどの(実は)よく練られたコード進行を使って聴き手に運んでくる。「Harmony in My Head」ではギタリストでありShellyの作曲パートナーでもあるSteve Diggleがこの作品では唯一であるリードボーカルを務め、Shellyの聖歌隊のような声とは対をなすしわがれながらも温かい歌声を提供している。

これら8曲のシングルのB面曲を集めたアルバム後半はさらに多様である。笑ってしまうくらいほろ苦い「Oh Shit!」からパンクらしいパンクの讃歌「Noise Annoys」まで、『Singles〜』はこのバンドの戯れを記録している。「Just Lust」や「Lipstick」などのラブソングでさえ、音だけ聞くとかなり軽いタッチである―後者では歌詞が彼のロマンスに対するより哲学的な思考を反映しており、暗い影が見られるのだが。「君が僕を想う時 / 君の夢の中で僕の恋人は君の顔をしているのだろうか?」総じて、A面の曲と比べても遜色のない出来である。Shellyはパンクをポップに対する反乱だとは思わなかったのだ。それはただ単により効率的な伝達手段なのだ。

ラブソングはShellyのポスト・パンクにおけるブランドだった。それはどこから見てもPiLの不協和音を用いたダブやGang of Fourの耳障りなファンクと同等にラディカルだった。彼はMelody Maker誌に対して「みんなは『パンクは愛について歌ったりしないだろ』なんて言う。僕はそんな事言わないよ。だってなんでそれを我慢しなきゃならないんだい?」と語っている。でもそれはBuzzcocksが『Singles〜』においてわかりやすいポスト・パンクをやってみるということを嫌ったということではない。”Why Can't I Touch It?”はDiggleとShellyのリフ合戦へと発展していく6分半のポスト・パンクへの憧憬のような曲であり、そのパンク・ジャムセッションはかのTelevisionのTom VerlaineとRichard Lloydのデュアル・ギターの魔術にも匹敵するものである。

Buzzcocksの遺産であるこの『Singels Going Steady』のピークは、英国でヒットしたシングル「Ever Fallen in Love (With Someone You Shouldn’t’ve?)」である。ミュージカル『ガイズ&ドールズ(野郎どもと女たち)』のマーロン・ブランドの台詞を言い換えたこのひょうきんなタイトルは、この曲の持つパワーには似つかわしくない。ギターの音は沸騰するように激しく、ビートは歯を食いしばるようにがっちりとタイト。まるで体全体が一つの怒った神経でできているかのようにShellyは歌う。「何の所為なのかわかるまでは / 未来のことなんかよく見えない / なんてこった」彼は希望をかなぐり捨てて歌い、恋人役は無関心の風に吹かれてどこかへ行ってしまう。彼は自分の心のかさぶたを無慈悲なほどにほじくっていて、彼のソングライターとしての脆弱性は苦しんでいる。それがひねくれた強さの根源であるとしても。

1978年、彼の「繊細な少年」というペルソナへのバックラッシュに対して彼はこう答えている。「僕は何も隠していないのに、みんなはそれを冗談だと捉えるよね。反省するべきなのは僕じゃない」。「Ever Fallen in Love」はそのペルソナの極地である。この曲はパンクが赤裸々な感情の豊かな表現たり得るということだけではなく、Buzzcocksが昔のポップスの優れた作曲法を大事にしているという特異性の象徴である。彼はBeatles(「Let It Be」のアートワークは『Singles Going Steady』で意図的に引用されている)などからそういったものを引き出しただけではなく、(彼自身も認めていることだが)The SupremesやDusty Springfieldのような音楽を妬んでいたのである。

そのDiana RossやSpringfieldの両方がLGBTQコミュニティのアイコンであることは偶然ではない。Shellyは英パンクにおいて、バイセクシャルであることを公表していた最初のスターであった。「Love You More」は彼が1975年に付き合っていた女性についての歌であり、『Ever Fallen in Love』は彼が70年代後半にともに暮らしていた男性(The Tiller Boysというサイドプロジェクトでともに演奏している)についての歌である。彼の性的指向が明確であることは、逆説的に歌詞を漠然としたものにしている。代名詞や視点を巧みに用い、Buzzcocksの曲は主人公やその相手のジェンダーがほぼ決定できないようになっている。「曲を作る際はできるだけジェンダーの点で中立的であるように心がけている。ぼくは同じ曲でも両方の性別に対して使うことができるからね」と彼は説明する。彼はRay DaviesやLou ReedDavid Bowieなどの先人たちがいささかファンタジックなやり方で探索してきた流動的なセクシャリティアイデンティティというものを大切にしていた。しかし彼は現実に優しさと重苦しさを持って立ち向かう痛々しい告白の歌をもってそれを試みたのだ。

詩人・Percy Bysshe Shellyは1820年発表の詩「ひばりに歌う」において「ぼくらのもっとも美しい歌というのは、もっとも深い悲しみを伝えるものだ」と書いた。妻とともにイタリアの田舎町を放浪していた彼は鳥を見かけある洞察を得る。痛みと喜びとは分けることができないもので、どちらかだけでは存在できないのではないか。これは普遍的なアイデアであり、Pete Shellyはこの中に自らが追い求めた永遠の命を見つけたのである。The SmithsGreen DayRadioheadからFucked Upに至るまでのポップ・パンクやインディー・ロックバンド達はBuzzcocksがいなかったら全く違う音楽をやっていただろう。痛みと喜びに満ちたこの『Singles Going Steady』は、その痛切な悲しい叫びによって我々の鼓動を早め、肋骨を震わせる。それはひばりの鳴き声のようにもっとも美しく、そしてもっとも悲しいパンクである。

筆者:Jason Heller

点数:9.4/10