なんでもかんでもはむり

書きたいものだけ書く。音楽、映画、本がメイン。

今週の事々(2018/11/05~11)

  • アラン・P・メリアムの音楽分析モデルとヒップホップ評論

先日授業でアラン・P・メリアムという音楽人類学者の『The Anthropology Of Music』(1964、邦訳も音楽之友社から1980年に出版されているが、現在は絶版)という文献の一部に触れる機会があったのだが、そのなかで彼が提唱している音楽を分析するさいに有用であるアプローチ法と分析モデルが興味深かった。 

彼が音楽分析にあたって重要視しているのは、外部からの視線による「analytical evaluation(=分析的評価)」と、その文化の中に視点を置き、内部からの評価を試みる「folk evaluation(=民間評価)」の二つの見方である。彼はこの両方が分析には欠かせないとしており、どちらか一つでは広範で正確な音楽分析は望めないとの主張をしている。

ここでぼくが思い出したのはKダブシャインによる一連の「文化系批判」のなかのこのツイート。

 彼は以前にもこのようなツイートを。

 彼の主張はメリアムの音楽分析モデルで言うところの「folk evaluation」に重きをおいたものになっており、外部からの視線である「analytical evaluation」に偏っているヒップホップライターへの批判となっている。

彼が批判するところのヒップホップライターも、彼の主張そのものも、内部・外部それぞれからの視線しか持ち合わせていない。メリアムが重要だと説いているのは両者の視線をあわせた複眼で音楽(ここではヒップホップ)を分析することであり、内外の視線を止揚することの重要性である。

そしてぼくの感覚で言うと、ぼくは多くの優れたヒップホップライターがそのような書き方を実際はしているように思う。Kダブシャインは自身がプレイヤーということもあり、もっと内部からの視点で評論してほしいと思っているのだろうが、彼が「ニュートラル」「客観的」だと思うようなテキストでも十分「folk evaluation」的な視点を持ち合わせているのかもしれない。どこまでがニュートラルなのかという線引きは極めて難しい。

さらに、メリアムは先人たちの引用を用いて音楽を「社会・文化的集団によってはじめて音楽となる、パターン化された行為」と定義している。これは従来の「音楽学」が西洋の音楽のみを対象として音楽を定義していたことへの批判から生まれた定義であるが、ぼくはこれは極めて重要なことであると思う。

つまり、音楽が作られ、聞かれ、彼らの共感を得、広まっていくためにはどうしても社会というものを基盤にせざるを得ない。よって彼は音楽を分析する際に「音楽そのもの」にのみフォーカスすることは間違っていると主張する。

www.youtube.com

このChildish Gambino「This is America」がリリースされた際(いろいろありすぎて忘れがちだが、これは今年の曲!)、「この曲は音楽やリリックを聴いただけでは政治的であると言えない、だからMV込みでセンセーショナルだと騒ぐのは違う」というような意見も散見されたが、それは「音楽そのもの」にフォーカスを絞り過ぎであり、このような表現を可能にした(承認した)基盤であるところの「社会」への眼差しが欠けている。

あるいはケンドリック・ラマーの来日広告の際も「ケンドリックは決してポリティカルなラッパーとは言えない」という意見が見られたが、それも同様に「音楽そのもの」への分析に重きを置きすぎたゆえの反応であろう。ケンドリックがなぜ現代の社会においてそのようなシンボルたる存在になったのか、その理由まで考察しなければ十分な分析とはいえまい。

断っておきたいのはぼくは音楽人類学の専門家ではないし、もちろんメリアムのこの理論に対する批判というものもあるのだろうけれど、ぼくは今回文章を読んでかなり共感したし、その上で自分の音楽分析とは、といったことについても考えることができた。

というわけで、これから(不定期になるとは思いますが)音楽関する学術論文を紹介する試みもやってみたいと思っています(ポッドキャストバイリンガルニュース』的な。分かる人はわかると思う)。英語力を鍛えることにもなると思うし。

↓最後に今週触れた作品のリスト↓

<音楽>

Action Bronson『White Bronco』(2018)

Amos Lee『My New Moon』(2018)

Awich『Heart - EP』(2018)

Awich『Beat - EP』(2018)

Big Lad 『Pro Rock』(2018)

Bliss Signal『Bliss Signal』(2018)

Dizzy『Baby Teeth』(2018)

Gang Starr『Step In The Arena』(1990)

HUSH『換句話說』(2018)

Interpol『Marauder』(2018)

Kandace Springs『Indigo』(2018)

Kelly Moran『Ultraviolet』(2018)

Kid milli『AI, the Playlist』(2018)

KOWICHI『Value』(2018)

Lil Baby & Gunna『Drip Harder』(2018)

Makaya McCraven『Where We Come From (Chicago x London Mixtape)』(2018)

Miles Word『Duck's Juice Mix 5 - Mixed by DJ ZASSYCHEE』(2018)

MINAMI NiNE『LINKS - EP』(2018)

MINT『After School Makin' Love』(2007)

2007年の時点でサウスをこのレベルで解釈して日本語に落とし込んでいることの凄まじさ。2018年のアルバムだとして聴いてもギリギリ聴けるという。

Paul McCartney『Egypt Station』(2018)

Paul Simon『In The Blue Light』(2018)

Phony Ppl『mō’zā-ik.』(2018)

Pig Destroyer『Head Cage』(2018)

Ross From Friends『Family Portrait』(2018)

Ruth Brown『Rockin' In Rhythm - The Best of Ruth Brown』(1996)

The Songbards『The Places - EP』(2018)

Swizz Beatz『POISON』(2018)

Takeoff『The Last Rocket』(2018)

www.youtube.com

Migosの中でも最も地味と言われがちなMCのソロが、トリオのソロ作の中で一番良かった。トラップ中心でありながら、ちょっとファンキーな曲もあったり実は多才。

TENDRE『NOT IN ALMIGHTY』(2018)

Yung Lean『Poison Ivy』(2018)

角銅真実『Ya Chaika』(2018)

スチャダラパー『スチャダラ大作戦』(1990)

近田春夫『超冗談だから』(2018)

トップハムハット狂『THEME OF THHK』(2018)

www.youtube.com

ニコニコ動画で活動していたMCのソロ作。ニコラップって耳障りがとにかく良くて、実は結構好き。実は日本語でのラップ表現の可能性を広げた重要な文脈なのかもしれない。

フィロソフィーのダンス『ザ・ファウンダー』(2017)

<映画>

『アルジェの戦い』(1966)

<書籍>

大林稔『愛しのアフリカン・ポップス リンガラ音楽のすべて』(1986)