なんでもかんでもはむり

書きたいものだけ書く。音楽、映画、本がメイン。

今週の事々(2018/10/15~10/21)

  • 親愛なる友人へ

storywriter.tokyo

上の連載はぼくの友人が「storywriter」という媒体で週イチで更新しているエッセイなのだけれど、今週の内容がどうしても看過できないものだったのでこのブログを使って反論をさせてもらう。

君がこのブログを読んでいるかどうかは知らないし、ぼくが君の連載を読んでいることも君には知らせていないから、対等な立場で反論ができると思って直接面と向かってではなくこの場を借りて反論することとする。ぼくは一度、今週の内容と近いことをツイートした君に対してリプライという形でも反論をしている。ツイッターにはツイッターで。エッセイにはブログで。君が直接ぼくと話をしたいなら、今度行くキャンプのときにでも話しかけてくれ。

さて、今週の連載では『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』という漫画について取り上げているけど、僕はこの漫画を読んだことはない。でも僕が反論したいのはこのメインの部分ではないのでご勘弁願いたい。

ぼくが反論したいのは以下の部分である。本題との結びつきも希薄で、わざわざ急に脱線してまで、君はこう書いている。

皆各々の好き勝手な物の見方があって、それに基づいて好きに行動したり言葉を発せられるのですが、それによって少数派の意見も重視されており、気を遣わないといけない幅も広がり過ぎて、結果好き勝手できない時代なんじゃないかなと思います。その点に於いて、本当に、ほんとうに窮屈な時代だと思います。

人を傷つけないというのは至極真っ当な当たり前に遵守されるべき概念だけど、傷つきやすいというか何かにつけて敏感過ぎる人も多いというのも事実だと思います。皆が等しく生きにくいっていうのも滑稽な世界だなあ……。

 「本当に、ほんとうに」と繰り返し強調していることから、君が今の社会に対して抱いている「窮屈さ」がかなり大きいことはわかる。「好き勝手」という言葉も二回使っている。君はどうやら「皆各々が好き勝手できる社会こそが平等で、いまはそうではない」ということが言いたいらしい。

ということは、昨今の(こういう言い方は好きではないけれど)マイノリティの台頭以前はそうではなかったということだろうか。マイノリティの声が大きくなってきたことで、各々が好き勝手できていた社会が窮屈なものになってしまったと?

本当にそうだろうか?少なくともぼくはそうは全く思わない。その昔の「好き勝手」というのは、マイノリティではない人たちがマイノリティを慮らないことによって成立していたと僕は思う。いわば既得権益だ。自分たちがたまたま多数派だったために、抑圧や迫害がない世界に生きていたというだけで、その「好き勝手」の裏では抑圧や迫害が行われていた。「皆各々が」好き勝手出来ていたわけではないんだよ。自由を阻害されていた人たちは、一定数いた。

そんな状態がいつまでも続くわけがなく、抑圧や迫害を受けてきたマイノリティが自分たちにも好き勝手をする権利はあるのだと声をあげ続け、やっとそれが社会全体に共有され始めてきたのが現状だとぼくは思う。それが既得権益を妨げることがあったとしても、それは妨げられてしかるべきだ。だってそれは誰かの不当な我慢や無理強いの上に成り立っていたのだから。だからこの状況で君が窮屈さを感じたってそれに対して不平不満を言う理屈はない、とぼくは思う。君なんかよりもよっぽど窮屈さを感じて生きてきた、あるいは生きているひとたちはたくさんいる。そういう人の意見は無視していいっていうの?

「皆が等しく生きづらい」世界を君は「滑稽」だと断じているけど、「ある集団が生きやすく、そうじゃない集団は生きづらい」世界と比べた時どちらが良い?もちろん、ぼくは今の世界が「生きづらい」とさえ思わないのだけれど。

「少数派の意見も重視されており、気を遣わなければいけない幅も広がりすぎて」、だと?だからめんどくさいのか?生きづらいのか?気を遣わずに好き勝手やって人が傷つくところを見るのと、気を遣った上で好き勝手やるのと。ぼくには前者のほうがよっぽど生きづらいとおもうのだが、どうだろうか。

君がかなり真剣にこう思っていることはわかっているので、決して馬鹿にはしたくない。友達なわけだし、むやみやたらに傷つけたくてこれを書いているわけではない。ただ、君のような考え方は時たま(君の意図にかかわらず)容易に人を傷つけうるということは言っておきたい。

最後に。君は本題であるこの漫画の面白さについて、「どういう理論で言動が発生しているのか理解できない、常識で理解できるラインを超えてくるものに価値がある」と述べているけれど、そういうタイプの面白いものは君のように考える人とはなかなか相容れないものだと思うんだけど、どうだろう。多くの人が物事を捉えている方法や枠組みをぶっ壊して面白いものを作るには(そしてそれを面白いと思うには)、多くの人とは共有できないものの見方や考え方が必要になるのではないか。君が「生きづらい」と感じるような世界でこそ、このような創作や才能は活性化するのではないか?君が面白いと思うもの、その背景にあるものにもっと目を向けてもらえれば、ぼくが言っていることをよりわかってもらえると思っています。ある考え方を持つことは何も悪いことじゃないけれど、なぜ自分がそう思うのか、その根拠やそれに対して考えうる批判まで熟慮してからそれを表明してほしいものです(こういうメディアを使うならなおさら)。

正直今の段階だと、君の考え方の裏にあるものが何も見えてこない。だからぼくもこうして感情が先行しているような批判しか書けないです。

いち大学生である「君」だけに責任を押し付けるわけにもいかないので、この連載を掲載した「storywriter」という媒体自体にも抗議の意をここで軽く表明しておきます。

「ストリートを愛するカルチャー・マガジン」と謳っているこのメディア、正直彼の連載以外はあまり読んだことはないのだけれどこの機会にざっと他の連載にも目を向けてみると、このようなLGBTに関する記事も見られる。

storywriter.tokyo

書いているのは『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』の共著者でもある手島将彦さん。このようにマイノリティと呼ばれる人たちに寄り添う記事を載せておきながら、彼の連載の内容は問題ないと判断して掲載したのだろうか。いちメディアとして、筆者・読者双方に対して一貫性に欠ける不誠実な態度に映る。

個人的に知っている人が書いたということで多少大袈裟な反応になってしまったかもしれない。こういう「文句」が君の言う「生きづらさ」の一因なのでしょうね。でもこれは一つの反論だし、ぼくの意見にも偏りがあるところがあるかもしれない(ないようにこころがけてはいるけれど)。そしてこんな個人的な憤りによる私信をこんな公共の場に載せるかどうかもはばかられたけど、それくらい今回の件にはびっくりしているので。

では、お目汚し失礼候。来月みんなで行くキャンプ、楽しみだね。

 

P.S.

この件とは全く別件で同じ大学の先輩が「差別」についてありがたいご意見をおっしゃっていた。

 これにはもはや怒りを通り越して笑ってしまった。「差別化=differentiation, to be different」と「差別=discrimination, segregation」の区別もついていないし、彼の言う「反差別主義者」は「不当な差別」と戦っているのに「正当な差別もある」とか謎な理論を持ち出して「差別=discrimination」を養護している。噴飯ものだ。しかし、外国語を学ぶ大学を卒業しながらよくこんなことを書けるなあ。さようなら。一生ハードロックばっかり聴いててくださいね。

↓最後に今週触れた作品のリスト↓

<音楽>

Bikini Kill『The Singles』(1998)

Billy Paul『360 Degrees of Billy Paul』(1972)

Bird Bear Hare and Fish『Moon Boots』(2018)

Brian WilsonBrian Wilson』(1988)

Cam'ron『Come Home With Me』(2002)

DJ Muggs『Soul Assassin: Dia Del Asesinato』(2018)

Eric Church『Desperate Man』(2018)

Gerry Mulligan Quartet『The Best of the Gerry Mulligan Quartet with Chet Baker』(1991)

Grace Jones『Nightclubbing』(1981)

Jackson 5『ABC』(1970)

John Lennon『Imagine』(1971)

JPEGMAFIA『Veteran』(2018)

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オルタナティヴ・ヒップホップ(?)の極地。もはやテクノ。彼はなんでも米軍として日本に駐在していたこともあるとか。この「Real Nega」はOl' Dirty Bastardの「Goin' Down」のイントロ部分のスキットのような部分をサンプルしているんだけど、とにかくぶっ飛んだ使い方をしている。トラックのプロデュースも自分でやっているということで、天才くさい。

Leo Parker『Let Me Tell You 'Bout It』(1961)

MICROPHONE PAGER『DON'T TURN OFF THE LIGHT』(1995)

MØ『Forever Neverland』(2018)

MOLT『MOLT』(2018)

MSC『新宿 STREET LIFE』(2006)

Nile Rodgers & Chic『It's About Time』(2018)

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実に25年ぶりというこのアルバムは、昨今のディスコ・ミュージックあるいはニュー・ジャック・スウィングのリバイバルとも共振し、すごく今っぽい作品になっているというのが面白い。

Ohmme『Parts』(2018)

Pinoko『Hotel』(2018)

Premiata Forneria Marconi『L'isola di Niente』(1974)

Sage Francis『Personal Journals』(2002)

Sheck Wes『MUDBOY』(2018)

skillkills『THE BEST』(2018)

Solomons Garden『How Did We Get Here?』(2018)

Stan GetzStan Getz Plays』(1955)

T.I.『DIME TRAP』(2018)

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トラップ・ミュージックの祖を自認し、最近では地元アトランタで「トラップ博物館」なる展示さえ行なっているラッパー、T.I.の最新作。Meek Millをフィーチャリングしたこの曲はトランペットを使用したサンプルがとにかく高揚感をもたらしてくれるラテン調のチューン。ベテランらしい安定感ながらも普通にいいアルバム。

Tash Sultana『Flow State』(2018)

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オーストラリア出身、弱冠23歳という女性のデビュー・アルバム。この曲のようにアーバンな曲もあれば、モロにジミヘンといった趣でヘヴィーなギターサウンドが鳴り響いたり、とにかく多才。

tofubeats『RUN』(2018)

Tower of Power『Back To Oakland』(1971)

Usher & Zaytoven『”A"』(2018)

Yoko Ono『Warzone』(2018)

忌野清志郎『RAZOR SHARP』(1987)

塩山の残党『塩山の残党』(2018)

鬼『DOPE FILE』(2018)

奇妙礼太郎『More Music』(2018)

桑原あい ザ・プロジェクト『To The End Of This World』(2018)

冨田ラボ『M-P-C "Mentally, Physically, Computer"』(2018)

ブレッド&バター『IMAGES』(1973)

堀込泰行『What A Wonderful World』(2018)

松任谷由実『VOYAGER』(1983)

三上寛『ひらく夢などあるじゃなし』(1972)

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実は高校の先輩です。この曲では鶴常書店やカルネドール、主婦の店などぼくにも馴染みのある固有名詞が出てきて親近感が。しかも彼は警察学校に通っていたというが、現在の警察学校は僕が今通っている大学のすぐ隣。現在の位置に警察学校ができたのは2001年だから別に近くに住んでいたわけではないのだろうけど、なんだか数奇な運命を感じるものです。

ムーンライダーズ『最後の晩餐 CHRIST, WHO'S GONNA DIE FIRST?』

ものんくる『RELOADING CITY』(2018)

<映画>

『響 -HIBIKI-』(2018)

リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016)

<書籍>

田中勝則中村とうよう 音楽評論家の時代』(2017)