なんでもかんでもはむり

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一気聴きのあとがき:乃木坂46編『能條愛未へのラブレター』

ぼくと君は、ぼくが君を知るはるか前に出会っていた。

「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」、2016年7月30日放送。その日の映画時評は『葛城事件』、その日の特集は「夢で見て好きになってしまった人特集」。家族という地獄を切り取った最高であり最低の映画の評論の後、タマフルらしい泥臭い特集コーナーの前の15分間、DJコーナー「ディスコ954」に彼女は登場した。

乃木坂の、なのか、能條愛未の、なのかはさておいて「の」の字も知らなかったぼくにとっては、退屈な15分間だった。それでも、かくしてぼくたちは出会ったんだ。

バナナマンが好きなぼくにYouTubeが「乃木坂工事中」の動画を勧めてきたのはそれから1年と半年後、今年の1月のことだった。君の名前は憶えやすかったし、何より君は輝いて見えたんだ、ぼくの目には。

ぱっちりと見開いた眼は初期こそ不安定さを醸し出していたが、大人になった君の眼は美しい。少し低くてハスキーなしゃべり声はなぜか僕に安心をくれた。「吊るしやがって」「そう、ケーキ」「割ってみる?」「引き寄せの法則を、信じるんだ」などのパンチラインには食らったし、髪をひょいっとするその仕草を見るたびに失神を禁じえなかった。比喩じゃないよ。ちょっぴり恥ずかしいけれど、アイドルに恋をしたのはこれが初めてなんだ。

シングル選抜メンバー入り、たったの2回。アンダー楽曲でのセンター経験、なし。握手会はいつも売り切れない。調べれば調べるほど、人気メンバーではないことがわかる。「乃木坂好きなんだ」「誰が好きなの?」「能條愛未」「誰?」という会話を何回したか、数えるのはやめた。

君は真ん中にはいないから、ぼくはいつでも君を探すことから始めなければいけない。でもそれがぼくの君への愛を深めているのだとすれば、そんなにいいことはないかもしれない。「僕だけの君」だなんて贅沢は言わないけれど、せめて「ぼくの君」でいてほしい。

P.S. 君に会いに行く勇気がないから、君がぼくにそれを渡し忘れているのであれば、それをくれないか?