なんでもかんでもはむり

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『犬猿』


吉田恵輔監督が描く壮絶な兄弟&姉妹ゲンカ…『犬猿』予告編

2018年2月10日公開、106分

「ヒメアノ~ル」の吉田恵輔が4年ぶりにオリジナル脚本でメガホンをとり、見た目も性格も正反対な兄弟と姉妹を主人公に描いた人間ドラマ。印刷会社の営業マンとして働く真面目な青年・金山和成は、乱暴でトラブルばかり起こす兄・卓司の存在を恐れていた。そんな和成に思いを寄せる幾野由利亜は、容姿は悪いが仕事ができ、家業の印刷工場をテキパキと切り盛りしている。一方、由利亜の妹・真子は美人だけど要領が悪く、印刷工場を手伝いながら芸能活動に励んでいる。そんな相性の悪い2組の兄弟姉妹が、それまで互いに対して抱えてきた複雑な感情をついに爆発させ……。和成役を「東京喰種 トーキョーグール」の窪田正孝、卓司役を「百円の恋」の新井浩文、由利亜役をお笑いコンビ「ニッチェ」の江上敬子、真子役を「闇金ウシジマくん Part3」の筧美和子がそれぞれ演じる。(映画.comより引用)

 吉田恵輔監督の『さんかく』を宇多丸氏がラジオでべた褒めているのを聴いてこの監督の存在を認知した次第でありますが、2016年の『ヒメアノ~ル』は漫画原作とはいえ「いや~な空気感」をその臭いが分かるくらいのリアル感で描いていて、ちょっとものすごい作品だったしこの監督すげえなっていう印象が残った。

そんな吉田監督が再びオリジナル脚本で映画を製作したのがこの作品。これがまた素晴らしい脚本と演出で、「いや~な」(褒めてますよ)作品に仕上がってます。

この物語はタイトル『犬猿』が示す通り兄弟と姉妹のそれぞれの関係性のお話なんだけど、この関係性を浮きだたせるために一つ仕掛けてあることに気がついた。それは、この物語に「絶対的な座標点」が与えられていないことである。

劇中に2度富士急ハイランドが出てくる以外は、場所を示すアイコンが一切出てこない。兄・卓司が住んでいる高級マンションは東京の六本木あたりのような雰囲気があるけれども、オープニングで弟・和成がヤクザに絡まれている時に「おい、その人卓司さんの弟さんだぞ」と言われるあたり、なんだか人間関係のコミュニティが極めて狭い田舎を連想させる。その他にもこの兄弟が極めてフランクに実家と行き来をしていたり(田舎なのか?)、それでも妹・真子は極めて細々とした芸能活動をしていたり(都会じゃん)、でも登場人物の多くが車で移動していたり(あれ、田舎じゃん)、最後の最後までこの物語が日本のどこで起きているのかが一切わからないままである。つまりこの物語は関係性を描くという上で極めて「相対的な」ものであり、「絶対的な」場所とは相性が悪いということで取られた戦略なのではないか、と勘ぐってしまう。

それが意図的なものであれ、脚本上そう処理をするしかなかったのであれ、それがこの物語をより現実から「浮遊」指せているのは間違いない。それでもこの登場人物たちに愛らしさを感じてしまうのは、会話の妙を空気感を含めてこれ以上ないくらいリアル(もちろん映画なのでそれは作られた「リアル風」なのだが)に人々が動くからであろう。

観客の予想を超えて登場人物たちが動き回る『スリー・ビルボード』とは対照的に、この映画の中では観客が思う通りに登場人物たちが衝突したり、堕落したり、怒ったり、狂ったりしていく(あの冒頭の仕掛けだけは驚かされたが)。そしてこの映画はその「思った通り」を楽しむ作品だと思う。だってそれがものすごくリアルだから。「こういう時めっちゃ惨めになるよね!」とか「こういう時って実はうれしいよね!」とか「こういう親戚のおじさんいるよね!」とか、本当に共感を覚えるような場面ばかりだし(だから冒頭の仕掛けは実はちゃんと映画のテーマ的な部分と呼応しているのだ)、その共感を通り越して「お前はこういう風に見えている!」という現実を突きつけられたりする。よくできたエンターテインメントだ。

主要な登場人物は全員ナイスキャスティングだし、それぞれ個性を発揮した見事な演技。特にニッチェの江上敬子はもともと女優志望であったこともあるのか堂々とした存在感。芸人芸人したコメディパートもなく、きちんと映画の中の関係性や空気感をつかったギャグパートで要所要所で笑いをもっていってた。こういうコメディエンヌが日本映画界にも出てきたのがうれしい。日本のメリッサ・マッカーシーになってほしいと心の底から思うよ。

僕が立川で見た時は平日のレイトショーとはいえ10人以下と前々人が入ってなかったので、是非!是非に見てほしい映画。